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青連院門跡



知恩院を出てから、ある目的地へ向かいました。
そこまでは距離にして数百メートル程度なのですが、所々にある案内板のいい加減な地図と
案内表示を頼りに歩いていくと右手に『青連院』が・・・。
とりあえず歴史的な寺院なので、チョッとだけ寄ってみることにしました。
門をくぐると、参拝するのは???と思ったので、山門とその斜め向かいにある長屋門だけを
撮影して、改めて目的地へ向かいました。

どんな寺院だといわれると説明が難しいので、いつものウィキベディアの説明を掲載しておきます。

~青連院~

青蓮院 (しょうれんいん)は、京都市東山区粟田口(あわたぐち)三条坊町にある天台宗の寺院。
「青蓮院門跡」(-もんぜき)とも称する。山号はなし。
開基(創立者)は伝教大師最澄とされる。
本尊は熾盛光(しじょうこう)如来である。
青蓮院は、三千院(梶井門跡)、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院とされている。
「門跡寺院」とは皇室や摂関家の子弟が入寺する特定の寺院のことであり、
青蓮院は多くの法親王(皇室の男子で出家後に親王宣下を受けた者)が門主(住職)を務め、
宮門跡寺院として高い格式を誇ってきた。
江戸時代に仮御所となったことがあるため「粟田御所」の称もある。
日本三不動のひとつ「青不動」のある寺としても知られる。

起源と歴史
三千院、妙法院などとともに、青蓮院も比叡山上にあった房(小寺院)がその起源とされている。
青蓮院は比叡山東塔の南谷にあった青蓮坊がその起源であり、
門跡寺院となって山下に移ったのは平安時代末期の行玄大僧正の時である。
久安6年(1150年)、鳥羽上皇の后・美福門院は青蓮院を祈願所とした。
また、上皇の第7皇子覚快法親王が行玄の弟子として入寺し、以後、皇族や摂関家の子弟が門主を務める格式高い寺院となった。
山下へ移転した当初は三条白川(現在地のやや北西)にあったが、河川の氾濫を避け、鎌倉時代に高台の現在地へ移った。
ここにはもと十楽院という寺があり、青蓮院の南東にある花園天皇陵は「十楽院上陵」(じゅうらくいんのうえのみささぎ)と称されている。
歴代門主(住職)のうち、3代の慈鎮和尚慈円は歴史書『愚管抄』の著者として著名である。
慈円は関白藤原忠通の子で、歌人としても知られている。
また、17代門主の尊円法親王は伏見天皇の第6皇子で、名筆家として知られる。
尊円法親王の書風は「青蓮院流」と呼ばれ、江戸時代に広く普及した和様書風「御家流」の源流である。
江戸時代の天明8年(1788年)、内裏炎上の際、青蓮院は後桜町上皇の仮御所となった。
このため、「青蓮院旧仮御所」として国の史跡に指定されている。

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コメント

No title

あれ?あれ?写真が無くなってる?ど~なってるんだ!!いい加減にしろ!!YAHOOのメンテナンス管理者め!!(超怒)

No title

私も年末に京都に行きました!良いところでした!ブログの記事にしましたので、もし宜しければ見に来て下さいね。

No title

京都はいろんな時代の文化が残るよいところです。見所ばかりなので、どこから見ていけばよいのか迷いますよね。

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