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2015年7月25日 歌姫街道を歩く

7月25日(土)です。今日はブログ開設からちょうど満10年目、11年目に突入した日です。

このブログがこんなに続くとは思っても見ませんでしたが、時の流れとともに取り扱うネタもずいぶん変わったなと思う日々です。

さてさて本題ですが、今日は奈良市の北の果てともいえる歌姫神社まで行ってきました。

まずは菅原神社での参拝から始まるのですが、行ってみると境内で近所のおじいさん・おばあさんが集まってのラジオ体操の真っ最中。

神社の方から気にせず中に入って参拝してくださいと言われましたが、ラジオ体操の輪の中をくぐるわけにもいかず、末席よりラジオ体操に途中参加させてもらいました。

途中参加だったので、数分だけでしたが、久しぶりのラジオ体操でした。

参拝後、今日は北上して、まずは大和西大寺駅を目指します。

それにしても7月ともなると、6:30ぐらいでも日差しがきついです。




西大寺の門前を通り過ぎ、




大和西大寺駅西側の地下連絡通路を潜り抜け、





大和西大寺駅北口へ~

ここから東を向いてひたすら歩きます。

奈良ファミリー前をぬけ、秋篠川を渡りしばらく歩くと





真ん中に祠がある二条町の交差点にたどり着きます。

何故か取り壊しも移転もされないこの祠。変な事をすると何か祟りでもあるんでしょうか?

さらに歩くと右手に大極殿が見えてきます。

そのちょっと手前に水面がミドリミドリした池がありました。




池の水の酸素が欠乏しているのか、鯉が口をパクパクさせています。





大極殿の裏側を通り抜けるとき、部活の練習か試合でもあるのでしょうか、自転車に乗った高校生とすれ違います。

今更ながら、全く高校生くらいの年代の人達とは縁遠くなったなと。

しばらくすると、ここからが今日のメインに入ります。

ちょうど平城宮跡の北端にあるのが・・・




佐紀駐在所です。





管轄は奈良署の様で、駐在所と名乗りながら普段は誰も駐在していない無人駐在所です。

しかし、ここは平城宮跡の北の果て。駐在所の南側、ご覧のとおりの原っぱ。
北側はこれから向かう歌姫神社への道中に宅地や工場などがある辺鄙な場所。
果たして、ここに駐在所は必要なのかと思うのですが・・・

この駐在所から北上する道が歌姫街道を言われ京奈県境を越える道の一つとなっています。

その歌姫街道を少し歩き、右手に少しそれたところにあるのが、




平安時代初期の天皇であった平城(へいぜい)天皇の陵墓です。

もともとは前方後円墳だったようですが、平城京造営時の区画整理で前方部は破壊され、円墳となっています。
と言う事は、平城天皇が亡くなってから造営された陵墓ではなく、古代の誰かわかりませんが有力者の墳墓だったものの様で、本当に平城天皇陵と言えるのかどうかわかりません。
とにかくこの辺の陵墓と言われているモノは、実のところ被葬者がわかりません。
結構いい加減です。

とりあえず写真を撮って退散。また歌姫街道へ戻ります。







何故か最近、ローソンや窯焼きピザ店などがオープンし、若干垢抜けた道になりつつあります。

そして、歌姫街道の起点に何故駐在所があったのかという理由(あくまで噂ですが)は・・・

イメージ 12





これです。

その昔、奈良県下で最大の勢力を誇った山口組傘下の暴力団であった倉本総業の事務所があったのがここ。
駐在所は、数百メートルしか離れていません。

その監視所として設置されたのが佐紀駐在所であったのではないかと言われています。

当時の倉本総業は分裂し、その勢力の一部が奈良市内の別の場所に名前も変えて存在しているようです。

そしてこの前にも何故か祠があり、




道の真ん中に離れ小島のよう存在しています。

そんなところを通り抜けと右手に・・・




西大寺駅前からの路線バスの終点である歌姫町バス停に到着。

バスは1時間に1本程度。昼間の数時間は全く運行がありません。





その昔は、もう少し大きなバスで運行されていましたが、今はマイクロバスに変更されていました。

このバス停からさらに進むと道は極端に細くなり、やっとたどり着いたのが・・・




添御県坐神社【そうのみあがたにいますじんじゃ】(歌姫神社)です。

祭神・速須佐之男命は皇祖・天照大神の弟神、櫛稲田姫命は、須佐之男命によって八岐大蛇の難をのがれ、命の妃となった姫神。武乳速命は添の御縣の地の祖神です。
延喜式の祈年祭の祝詞によると、御縣の神は代々天皇の御膳に献上したと記されています。また祭神・櫛稲田姫の神名は「奇(く)し稲田」が原義でその神格は農の神であります。
当神社は、大和平野中央を貫く古代の下つ道の北端に位置します。そして、大和から歌姫超えで諸国へ旅をする際に、国境に鎮座する手向けの神として尊崇されていました。万葉集に左大臣・長屋王の詠んだつぎの歌があります。

佐保すぎて  享楽の手向けに  置く幣は
妹を目離れず 相見しめとぞ

この歌は、大和と山城の国境 の神、添御縣坐神社を拝し、旅の安全を祈念したものと考えられます。
当神社は、格のある式内社・御縣社の一つとしてだけでなく、農の神、旅の神として崇敬されてきました。江戸時代には、「牛頭天皇社」「八王子社」として除災・治病の神としても信仰されてきました。
     -神社の案内板より-


いわれも何もわからないまま参拝だけして退散。

本来ならここからさらに北上してみたかったのですが、今回は見送りました。

今度は少し南下し、歌姫町のバス停のちょっと先を右手に曲がり、西へ~♪

住宅や田畑・空き地が点在するところを歩いていきます。




朽ち果てた空家の前に、年代もののクルマが・・・これは何ですかね?ソアラですかね?

さらに歩いていくと墓地が右手にあったのですが、その間口には他の墓と異質なものを感じました。




旧陸海軍将兵の墓地が・・・しかし、その遺族の方々も最近はお参りには来られないのか花入れにさされた花は枯れ、蜘蛛の巣が張り、お供えもなく・・・

もうその遺族の方々も、その存在を知らないのかもしれません。

その墓地を通る抜けしばらくと平城駅前。

ここからはまた南下し、奈良ファミリー裏側から大和西大寺駅北口へ~♪

電車に乗って尼ヶ辻駅まで。そこから徒歩で帰宅。

距離にして8.8km、11219歩の散歩でした。











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コメント

No title

歌姫はいいところですがやはり暴◯団が居たんですね…
神社の辺りだけ急に涼しくなって気持ちいいところですね。

No title

美空ひばりの霊とか小林幸子の霊が出て来るかいどうかと思った。
でも暴力団居るならでそうかも

No title

私にとって古都奈良は近くて遠い場所。折角姉が法隆寺近くに住んでいるのになかなか行けません。
国宝、世界遺産を巡る旅もしたいですが、自分も今街道を歩いているので奈良の街道も気になります。
歌姫街道…素敵な名前の街道ですね!
でも暴力団も?ちょっと怖い気もしますが、どうなんでしょ?

No title

> グフフのフさん、おはようございます。

歌姫は閑静な所ですが、その昔はそれで有名な所でした。
歌姫神社の周辺はおっしゃる通りですね。

No title

> Hawaiiさん、美空ひばりさんの霊が出てくるかどうかはともかく、小林幸子さんはまだご存命なんですが・・・

No title

> お茶犬さん、おはようございます。

近くにあっても、なかなか行けないところ、まだまだ多いです。
暴力団は今は事務所を構えていませんから大丈夫です
ただ車の行き違いは道が狭いので要注意です。

No title

大納言様 おはようございます…11年目突入の
ブログですか? すごいですね。朝の散歩もさすがに
この時期は暑いのでお気をつけて…水分補給ですね。
「歌姫町」懐かしい町名です…小学校の山本先生の
ところで…とても良い先生で思い出深いです。
もう…生きておられるのか?分かりませんが・・・。

No title

> 河内の鉄チャンさん、こんにちわ。

弊ブログも11年目に突入ですわ(笑)こんなに続くとは思っても見なかったのですがね(爆)
朝も6時台となるともう暑いですね。
歌姫町は奈良市の北のはずれですが、閑静で良い場所です。
隣の佐紀町には、中学時代の社会の先生が住んでおられましたが、あの当時50代前半でしたから、ご存命かどうか・・・

No title

平城天皇陵又は、市庭古墳ですね。
いずれ佐紀古墳群改訂版にも書いていくつもりですが、
他の大型前方後円墳には王が葬られていたという伝承があったので破壊は免れたのに、なぜ市庭古墳の後円部だけ残されたのかは今後の調査が行なわれるかどうかにかかっていますね(汗)。
他100mクラスの前方後円墳も完全に破壊されていますし、大極殿南側には周濠を共有した小古墳群もあったようです。
これもまたいずれ佐紀古墳群改訂版にも書きますね。

それと最後の写真の墓地の東側に塩塚古墳がありますし、あのあたりは長屋王の松林苑の範囲内ですね。

No title

> マサソイトさん、こんばんわ。

平城天皇陵とされているこの古墳だけは何故前方部が破壊されたのか全く謎ですね。

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プロフィール

大納言兼加賀守

Author:大納言兼加賀守
ブログ創業 2005年7月です。

2019年12月のYahoo!ブログ終了と『令和』改元に伴い、FC2ブログさんへ移管しました。新型コロナウィルスは昨年GW明けから5類相当以降しましたが、これに油断せず、手洗い励行で感染防止を心がけたいと思います。
2024年 今年は大河ドラマ『光る君へ』の現地調査を中心にアチコチと訪問しています。

写真は高校の文化祭の時に撮影したものです。

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