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宇和島城天守閣

さあ、長い長い石段を登ってペットボトルの水を飲むために立ち止まり、
何気なく振り返ると、新緑の向こうに・・・




宇和島城 天守閣


大きいとはいえないけども、風格のある天守閣。

これを見て、ふと思ったのです。

思えば遠くへ来たもんだぁ~♪


地図をみると、厳密ではないけれども宇和島というのは、
四国の西端の都市。
海の向こうは九州なわけで、奈良からはずいぶん離れた所にいるんだと。

そんな気持ちを持ちながら、さらに進んでいきます。




本丸への石段です。
昔はそこに櫛形門と言われる高麗門があったようです。

そして、それをくぐると




天守閣が小さいながらも、その威容を誇った形で、そこに建っていました。

さてさて、ここまで宇和島城ついて紹介していなかったので~♪


概要

縄張りは梯郭式平山城である。藤堂高虎により現在の五角形の縄張りの城がつくられた。東側に堀、西側半分が海により守られていたが、現在は堀も海も埋め立てられている。天守(国の重要文化財)と上り立ち門(市指定文化財)、石垣が現存する。江戸時代は宇和島藩の藩庁となった。


歴史・沿革

平安時代~安土桃山時代

天慶4年(941年)警固使・橘遠保が藤原純友の乱の際にこの地に砦を構えたとされる。
嘉禎2年(1236年)西園寺公経が宇和島地方を勢力下に置き、砦程度の城を置く。当時は丸串城と呼ばれていた。
天文15年(1546年)家藤監物が城主となる。大友氏、長宗我部氏等の侵攻に耐えた。
天正3年(1575年)家藤監物が去り、西園寺宣久の居城となる。
天正13年(1585年)豊臣秀吉の四国討伐により、伊予国は小早川隆景の所領となる。隆景家臣の持田右京が城代となる。
天正15年(1587年)隆景は筑前国に転封となり、代わって大洲城に戸田勝隆が入城。戸田与左衛門が城代となった。
文禄4年(1595年)藤堂高虎が宇和郡7万石を与えられ入城。
慶長元年(1596年)高虎、大改修に着手。
慶長6年(1601年)現在の姿の城が完成。宇和島城と名付けられる。高虎は関ヶ原の戦いの功により前年に国府(後の今治市)に移封となっていたが、この年、城の完成を見て国府に移った。

江戸時代

慶長13年(1608年)富田信高が伊勢国より転封し入城。
慶長18年(1613年)信高、改易となる。宇和郡は徳川幕府直轄となる。藤堂高虎が代官となり藤堂良勝を城代とした。
慶長19年(1614年)伊達政宗の長男(庶子のため嫡子ではない)伊達秀宗が10万石で入封。
元和元年(1615年)秀宗、入城。
寛文2年(1662年)2代藩主・宗利、老朽化した城の改修に着手。
寛文11年(1671年)改修竣工。

近現代

明治4年(1871年)明治政府により城は兵部省に帰属。大阪鎮台の所管となる。
明治33年(1900年)頃から櫓・城門などが解体される。
昭和9年(1934年)天守・大手門(追手門)が国宝保存法に基づき、当時の国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定される。
昭和12年(1937年)国の史跡に指定される。
昭和20年(1945年)太平洋戦争時、空襲により大手門焼失。
昭和24年(1949年)伊達家、天守と城山の大半を宇和島市に寄贈。市の管理下に置かれる。
昭和25年(1950年)文化財保護法の施行により天守が重要文化財指定となる。
昭和35年 - 昭和37年(1960年 - 1962年)天守解体修理。
平成18年(2006年)4月6日、日本100名城(83番)に選定され、平成19年(2007年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。

天守

独立式層塔型三重三階天守。現存十二天守と呼ばれるものの内の一つ、国の重要文化財に指定されている。

当初、藤堂高虎による望楼型の三重天守が上がっていたが、寛文2年(1662年)から寛文11年(1671年)に伊達宗利によって行われた改修によって現在の形に改められたという。全体的に清楚な印象があるため、日本国内の天守の中でも人気がある。

以上ウィキペディアより

その歴史は平安時代まで遡るようですが、本格的な築城は安土桃山時代に
築城の名手である藤堂高虎が入城してからです。

彼の在城はわずか5年ほどでしたが、現在の宇和島城は、この頃にほぼ完成。

1614年、伊達政宗の庶子である秀宗が宇和島10万石の領主として入城。

以後、幕末まで伊達氏が宇和島を中心とする南予地域を領することに!

奥州の伊達氏というと場違い?な感じもしますが・・・



それはそうとして、いよいよ天守閣に登閣することに!


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コメント

No title

おぉ~♪宇和島城♪
以前の記事の『南予』でやっと分かりました(笑)☆
空襲で天守閣が焼けなかったのは奇跡ですね(≧ー≦)ノ♪

藤堂高虎にゆかりが有ったとは。。。いつか行きます♪

No title

宇和島城天守と言えばこのアングルが似合いますね。やっぱり天気が良いと栄えますね。

No title

ついにたどり着きました四国の西端にある宇和島城です。
ここは田舎町なのに、海軍の関係施設があったためか、かなり空襲にあっているようで、大手門は空襲で焼けてしまったようですね。
天守閣は山頂にあって、爆撃対象にならなかったから残ったのでしょう。

愛媛県内の城郭は、藤堂高虎が関わっているものが多いですよ。

ここも時間があれば、城下町も含めてじっくりと散策してみたいです。

No title

四国の城郭さん、宇和島城天守閣は、やっぱりこの目線からみるのがベストですよね!
天気もまずまずだったので、いい感じの仕上がりになっています。

No title

確かに宇和島までいかれたんですか!ホントにお疲れ様です^^
確かに仙台の伊達家に比べると知名度も低いですし、どうしてこんなところに伊達家が???と思ってしまいます(笑
僕の藤堂高虎が建てた城なのでいきたいのは山々なのですが関東からだと遠すぎなんですよ(T0T)

No title

宇和島城の天守って大きな玄関が印象的ですね。
そして本物(~現存)の風格が感じられます♪

No title

たいやきくん、ホントに宇和島は遠かったですよ!
伊達家の分家ということもあり、仙台の宗家に比べると、それを知る人も少ないのかも知れれませんね。
ここもよく見れば、随所に藤堂高虎が築城・縄張した特徴があるみたいです。

No title

るなさん、小さいといえどさすがに天守閣だけあって、玄関の造りは重厚感があります。

No title

baronさん、宇和島城の天守、現存だけにさすがに貫禄ありますね。石垣も思っていた以上に立派です。宇和島は2度ほど行った事があるのですが、いずれも街を散策することなく通り過ぎてます(^^;
次回はお城目指してこの街に来ようと思ってます!

No title

小さいながらも派手な破風などがあって、天守閣としての風格は十分兼ね備えているとおもいます。天守台は亀甲積みたいな感じで、隙間無くびっしりと積み付けられています。
宇和島は、伊達博物館やそのほかいろいろ名所旧跡もあるようだったのですが、時間が許さず周れなかったのは残念でした。

No title

数少ない現存天守の一つですよね
この天守閣らしくない、お堂のような感じながら、復興や模擬天守にはない「味」が感じられますね

No title

宇和島城天守閣は現存天守12棟のうちのひとつだったと思うのですが・・
小さいながらも風格・威厳がありいい雰囲気を醸し出してますね。

No title

加賀守さん、5年後の2014年からタイムスリップして来ました!(笑)
ほんとに新緑の季節に行かれたんですね!
緑が一杯です。桜の季節とはまた違った雰囲気でいけてます。確かにもうちょっとで九州ですもんね。
TB有難う御座いました!ナイス☆

No title

あれから、そんなに経ってしまいましたか・・・
暑くもなく寒くもない、城巡りには本当によい季節でした。

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プロフィール

大納言兼加賀守

Author:大納言兼加賀守
ブログ創業 2005年7月です。

2019年12月のYahoo!ブログ終了と『令和』改元に伴い、FC2ブログさんへ移管しました。新型コロナウィルスは昨年GW明けから5類相当以降しましたが、これに油断せず、手洗い励行で感染防止を心がけたいと思います。
2024年 今年は大河ドラマ『光る君へ』の現地調査を中心にアチコチと訪問しています。

写真は高校の文化祭の時に撮影したものです。

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