FC2ブログ

記事一覧

nissen飛行船プロジェクト2007

今年から『昭和の日』の今日29日、今月最後の休み。といっても今月も明日30日しかないわけで・・・(笑)コロをいつものごとく、痒み止め注射を打ってもらうため中山さんへ連れて行き、帰宅すると上空を飛行船が飛んでいた。何やろと思いつつも、車内清掃とかいろいろしているうちに、そんなことは忘れていたのだけど・・・・。昼からある場所へ出かけてみると、その上空を遊覧。天気も良いし、乗っていれば眺めも気持ちもよさそう。後...

続きを読む

外車オフ会

彦根城訪問を終え、今回は安土城跡へも寄らず、一路帰宅することに。途中、多賀SAで近江牛 牛丼を食べ、飲み物を買い、再び自宅を目指して走行。京滋バイパスに入る前に、もう一回休憩のため入った草津PAで開催されていたのが、写真の外車オフ会。もちろん、正式なオフ会の呼称などないのでしょう。草津PAでは、これまでも何回かこういうオフ会をみたことがあったけど、デジカメを持ってきていたことがなかったので、今回は...

続きを読む

玄宮園と馬屋

さらにさらに足を進めたどり着いたのが、玄宮園彦根城内にある大名庭園。江戸時代初期(1677年)、彦根藩4代藩主井伊直興により造営された大池泉回遊式日本庭園で、彦根城天守の北東は琵琶湖の水をひいた内濠と中濠の間に位置する。中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、「瀟湘八景」を「近江八景」に置き換えて作庭された。国宝天守を借景とし、中心の入り組んだ池には4つの島と9つの橋が架かり、畔に...

続きを読む

井伊直弼像

今回の彦根訪問もいよいよ終盤、埋木舎を離れ、大名庭園の玄宮園を目指し、一旦、佐和口多聞櫓を経て内堀沿い歩いていきました。すると、向こうから何やら仮装した人達が!何の仮装かわからないけど、江戸時代風の衣装を着た人が歩いてくるです!でも学芸会風の仮装?カメラを向けると気持ちよく対応してもらい、自宅に帰ってから確認するといい感じの笑顔!!それはさておいて、さらに足を進めると桜並木の広場の奥に井伊直弼像あ...

続きを読む

埋木舎

井伊の赤備えの鉄砲隊の演技と彦根城博物館に展示されている宝物の数々に驚愕した後に訪れたのが、埋木舎佐和口多聞櫓の堀をはさんで向かい側にあるこの屋敷は、元々は井伊家家老の大久保家が所有するもので、江戸後期には桜田門外の変で暗殺される井伊直弼が、不遇の青年時代を過ごした場所。中には井伊直弼愛用の品々や、大河ドラマ第1号であった『花の生涯』でのロケ舞台として利用されたときの紹介など展示陳列されていて、彦...

続きを読む

彦根城博物館

今回の目的だった井伊の赤備え鉄砲隊 演技を観賞し終わって向かったのが、表門横にある彦根城博物館外見は表御殿を再現したもので、一部は木造。中に入ると、フロントというかロビーのような造りで、その奥にカウンターがある。右手に行くと展示室へ~!いきなり、井伊家の井伊家たる赤備えの甲冑関ヶ原の戦いで活躍した井伊の赤備えの様子を描いた屏風などなどふと壁をみると、ストロボ利用しないことということ、ストロボを使わ...

続きを読む

井伊の赤備え!いよいよ登場!

彦根城城内、開国記念館と見学し、今日のメイン!!井伊の赤備えの鉄砲隊いよいよ登場!!武田氏滅亡後、本能寺の変の混乱を経て甲斐国は徳川家康によって平定されるが、その折に武田家の旧臣達を配属されたのが徳川四天王にも数えられる井伊直政である。武田の赤備えを支えた山県隊の旧臣達も直政に付けられ、これにあやかって直政も自分の部隊を赤備えとして編成している。井伊の赤備えは小牧・長久手の戦いで先鋒を務めて奮戦し...

続きを読む

彦根城佐和口多聞櫓

目前をアッというまにボンネットバスが通り過ぎ、その場所から少し歩くと、そこは、開国記念館昭和35年、開国100年を記念して復元された佐和口多聞櫓を利用した記念館。昨今流行の木造での復元ではなく、コンクリート製で少しガッカリするところもあるけど、堀端からみると、あまり違和感もなく調和している。ここで彦根城の特徴に気がついたのだけど、堀のあらゆるところに犬走りが多用されている。彦根城が琵琶湖岸に近く、...

続きを読む

彦根ご城下巡回バス

山崎郭から内堀沿いに歩き、現在の彦根城の大手とも言える表門へ~♪そこへたどり着いた時、彦根駅のほうからレトロなボンネットバスが!帰宅してから調べてみると、近江鉄道が築城400年祭の期間中だけ、彦根ご城下巡回バスと銘打って運行しているらしい!奈良でも奈良交通が、イベントの時とかに虎の子の1台を運行している時があるけど、こちらのほど派手なカラーリングではない。しかし、そのレトロさからはゆっくりしたもの...

続きを読む

彦根城の搦手(山崎郭)

本丸・西の丸のある山頂部から下り、次に向かったのが、山崎郭彦根城内郭の北端で、半島状突き出した郭。何のための郭であったのか、もらってきたパンフにも記事がなくて不明。雰囲気からすると、琵琶湖から攻めてくる敵に対して砲撃するような砲台だったのかも?しかし、慶長年間の日本にそんな発想があったかというと疑問?メインとなる本丸・西の丸と比べる観光客もほとんど来る事もなく、鬱蒼とした森が多い尽くしている。その...

続きを読む

訪問者カウンター

弊ブログの訪問者数を確認します

プロフィール

大納言兼加賀守

Author:大納言兼加賀守
2019年12月のYahoo!ブログ終了と『令和』改元に伴い、FC2ブログさんへ移管しました。まだ使い勝手がよくわかっていませんが、よろしくお願いします。


カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

03月 | 2007年04月 | 05月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -


人気ブログランキング

人気ブログランキングです